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ASKAさんの 本『700番』の出版について想うこと。

ASKA本『700番』

まるでこちらの思惑を見透かしているかのような、ASKAさんのブログの更新内容にドキッとする。

 

釈放後から、ASKAさんのブログは、テレビで事件の解説や分析に引用されたこともあり、閲覧者も急増したのだろう。

読者数は今日(1月2日)の時点で5331人。

逮捕前は3700人程だったと記憶しているから、それだけ注目されていて、そうなるのも当然の流れもあった。

 

よって当然ASKAさんの言葉の使い方、書く内容も変わってくる。逮捕、勾留されていたのだから、その間の世間やファンの空気感を掴めないのも仕方ない。

 

ASKAさんには当事者としての観方がある。

 

12月27日 のブログ

少し、気になってること。 - aska_burnishstone’s diary

から、

12月29日 の 

迷いはありません。 - aska_burnishstone’s diary

 

そして、12月31日!!

「賀正」な感じになりました。 - aska_burnishstone’s diary

からの、

1月2日の

歌は伝えること、文章は理解させることが必要。 - aska_burnishstone’s diary

と、

そのとおりですね。 - aska_burnishstone’s diary

 

 

コメント欄には残さずとも、心の中に現れたもやもやにすかさず答えてくれるような内容。

私だけではなく、同じようにもやもやを抱えている人達の波動を、やはり敏感に感じ取っているASKAさん。

そこまで気を配っていたら神経が疲れてしまう。

でも見えてしまっているから放っておけない。そういったところなのか、大変だろうと思う。

 

私自身は、以前中村竜太郎氏の『スクープ!』が、ブログ内で話題になった時、

10月6日

元文春の中村竜太郎の書いた「SCOOP!」を読んでる途中です。 - aska_burnishstone’s diary

 

『700番』の出版に関してこういったコメントを残した。

「(前略) それでも絶対に私個人が知り得ない事実も存在すると思ってはいます。(中略) ASKAさんも人に迷惑がかかるという理由や、ASKAさん自身のプライベートな問題で、言えないことももちろんあるのだろう、と推測していました。ASKAさんの中に、どうしてもこのままでは前に進めない、譲れないものもあるのだろうとは感じていました。ただ、そのASKAさん自身が前に進むために、もし (『スクープ!』の内容に) 反論なさるとしたら、冷静に物事を俯瞰し、客観的に分析した上でないと、諸刃の剣になってしまうかもしれません。ASKAさん自身の都合の悪い部分も含め、明らかにしたくない部分 (もしあるのなら) まで、真実を話さなければ、説得力にかけるでしょう。(中略) ただ私は歌うASKAさんが一番待ち望まれて、一番説得力のある姿だと思います。(後略)」

この日のコメントと、今の気持ちはほとんど変わらない。

ただそれはあくまでも私側の観方。

怖いものは見えていないふりをする、考えないようにする勝手なもので、ASKAさん自身の問題から目を逸らしていたのだと思う。

 

 

2016年のASKAさんは、

1月『700番』を公開したが、すぐに削除され、4ヶ月間に及ぶ措置入院。

5月 任意入院としての九州への転院。

7月 1ヶ月限定のブログ開設。

8月後半 から本格的なアルバム制作。

ブログは更新頻度にはバラつきはありながらも継続。

11月27日 アルバム完成間近、YouTubeでの新曲公開の告知。

11月28日 逮捕。

12月19日 不起訴処分、釈放。

12月24日 YouTubeで新曲『FUKUOKA』公開。

 

と並べるだけでも平穏とは言えない、精力的な反面、不安定さも窺える状態。

 

今回の逮捕以前にも、

「僕が音楽を続けるためには必要なこと」

として、『700番』第1巻、第2巻の出版の意志が固いことは分かっていた。

 

アーティストの私生活と作品は別のものとして捉えて、作品から感じるもの、それをどう自分の人生に生かしていくのかが結局は大切なことで、それ以上の想いはそのことを裏付けるため、より深く作品を理解するためであって、好奇心やゴシップ的関心は持たない。

 

そういう姿勢でいることを前提に、

 

私はASKAさんの歌を聴くために、本も読みたい。

ASKAさんの苦しみの原因が何かを知りたい。

 

ASKAさんの歌に自分の感性が響いてしまったから。

 

歌で全ては払拭される。

歌の力が何よりも強い。

私たち聴く側にとっては、そうだろう。

それほどの力がASKAさんの歌にはある。

アルバム『SCRAMBLE』や、新曲『FUKUOKA』を聴いて、なお実感する。

ただ、今回の逮捕の知らせを聞いて、ASKAさんの苦悩は、音楽をやる上でも、人生を送る上でも妨げとなっているのだろう、と感じた。その大事なところに目を向けようとしてこなかったことに気付いた。

そのために、本の執筆、出版が必要なことなのだと。

 

ASKAさん自身もまだ分かっていないのかもしれない。

 

ただ書くことでクリアになること、出版の反響で変わることに託しているものがあるのかもしれない。

 

以前書いたコメント内容に加えての、まだ読んでいない本の中身に対する具体的な意見はないが、

私も含め世間、マスメディアの反応が、偏見や先入観に満ちたものにならないように、真剣に受け取る土壌があることを願っている

 

とはいえ、マスメディアの信用度が著しく低下している今、私自身はどこがどう切り取られるのか、そこにしか注目点もない。

この本の出版を機会に、ASKAさんの苦悩が少しでも取り去られること、一般人の視野が広がり、客観的な物の見方をする助けになることだけができれば十分だろう。

 

それ以上の効果を望むのは、楽観的過ぎるような気がする。

 

個人の想いとしては、『700番』は苦しくなるところもあったけど、理解の助けにもなり、読んで良かったと思っている。

 

そして、今一番気がかりなのは、

ASKAさんの苦悩がASKAさんの人生に占める位置、

覚せい剤始め薬物の今の時点での認識、

2014年の逮捕後の生活の具体的な変化だ。

 

苦悩の根本が解決されていない。

以前は薬物の罠にはまってしまった。

でももう薬物は2度としようと思わない。

それでは、どうやって解決の道を探っていくのか。

 

本の出版が解決の一歩になるのだろうか。

 

そこが、私には今ひとつ見えてこない。

 

思いっきりズレた観方かもしれない。

 

 

それでも、

一緒に考えていくことだけはしていきたい。