ASKAさんの本『700番 第二巻/第三巻』発売前に想うこと。

来月17日に、ASKAさんの本『700番 第二巻 /第三巻』が、出版されることが分かった。

予定では、一巻、二巻の出版だったはずが、思わぬ大変な事態が起きたことで、三巻を急遽追加執筆する必要ができてしまった。

さすがに三巻全部となると、内容も値も負担の大きいものになる。それに加えて一巻はWeb上で既に公開されているということもあって、まずは「二巻 三巻」だけ、一冊の本として世の中に出るようだ。

今回の「逮捕、不起訴に纏わるASKAさん側からの真実」として、三巻の部分が多くの注目を集めることになるのだろう。

 

ひっそりと目立たないように出版して欲しい…、などという私の希望は絶対に叶わない展開となってしまった。

 

本の出版に関しては、ASKAさんのブログのコメント欄でも、今回の逮捕以前から意見は様々に分かれていた。

賛成、反対というだけで割り切れない、複雑な思いが絡み合ったそのどの意見も、ASKAさんを大切に想ってのものだ。

読む読まないは、個人的な話になるので、どう読むか、も含めて誰も口を挟むことはできないと思う。

ASKAさんの意志で発売が決まっている以上、私は一巻同様、ASKAさんの心遣いには反することになるが、かなり「シリアスに」読むつもりでいる。

 

本の出版、新しいアルバムの発売直前までこぎつけたことと、次のアルバムの制作など、具体的に活動が見えてきたことで気持ちの整理がついたのか、ASKAさん自身は本の中身に関しては、もう消化できているような印象を受けた。

そして、その余裕に安堵した。

 

Web上で公開された『700番 』(第一巻)で綴られていたように、

「やはり私は皆さんとの絆の中で、あったことを直接私の口から伝えることこそが絆だと感じました。」

「私は皆さんの前で、優しさに甘え、何もなかったかのような顔で再びパフォーマンスをすることはできません。」

というところが、一番出版にこだわった理由だろう。

例えそれが自身の活動にマイナスになったとしても、ASKAさんが明らかに出来得る全てのことを公にしてから、再出発なのだと。

 

その気持ちは受け止めたいし、無器用な真っ直ぐさには心を打たれる。

できるだけ好感度をあげようと、イメージ戦略をたてる風潮に反しての、偽りのない姿勢からは、例え「ASKAさんの言い分」のようにしか捉えられなかったとしても、「ASKAさんの人間性」だけは伝わるのではないか、と思う。

 

ただ、15日のASKAさんのブログ「レコード会社」のエントリー名で、大手CDショップでアルバムを販売してもらえるという話が、大手レコード会社と契約できたというように一部の人に勘違いされたように、「現代の人間の読解力なんてそんなもの」という思いもある。

自分も含めて、受け取る側にどれほどの理解力があるかということは、シリアスな内容だけに、不安ではある。

本、雑誌、ネットニュースも同じく、どのくらいの人が正しく理解しているかは、そう期待できるものではない。

情報は溢れ、ニュースそれ自体の信憑性すら疑わないといけないものばかりで、そうなると、本当に受け取らなければならない情報は、自分に密接したものに絞られてくる。

事件には関心があっても、ASKAさんの人間性を知っている人は少なく、間違った情報でもメディアを鵜呑みにしている人がまだ多くいる中で、広く世間に正しく伝える、ということは、とても難しいことのように思える。

 

私小説 (私は今のところそう捉えている) の出版は、ASKAさんやASKAさんのことを本当に理解したい人には、大きな意味がある。

でも、被害を受けた事実に対しては、やはり法的措置をとらないと、ぼやけて過去の中に埋もれてしまう。訴える側にも大きな負担がかかるので、そこは十分気をつけないといけないが、実際に残る真実としては、こちらの方が大きく意味を持つと思う。

その手続きの方は、専門家の方々が抜かりなく進めてくれていることだろう。

 

 

 

矛盾があるのが人間で、その矛盾を見せる人に人は惹かれる。

強くて弱い。

しっかりしていておっちょこちょい。

ポジティブでネガティブ。

 

ASKAさんが真摯であれば、一人また一人と少しずつ誤解は解けていく。

出版直後は、追い風にしろ向かい風にしろ、ASKAさんに強く吹きつけるだろう。

 

どんな冷たい風が吹いてこようと、それをエネルギー源にしていくしかない。

 

そこに暖かい陽射しがたくさん降り注ぐことで、「新しいエネルギー」を生み出せたら、もっといい。

 

 

真の解放に近づくために。

 

 

ASKAさん、もうすぐだ!

CDショップにASKAさんのアルバム

『Too many people』が並ぶ日が、もうすぐ、もうすぐやってくる。

 

 

【塞がれたあの日の記憶が 音を立てて戻ってくる】

 

「チャゲアス再始動!!」の心踊るニュースに、気持ちがゴムまりのように弾んだ2013年1月。

心の中で何度もガッツポーズを繰り返していた。

そんな浮かれた気分は、6月Chageさんのラジオから流れてきた「復活ライブ延期」のお知らせで急速に沈んでいった。

淡々と伝えようとするChageさん。

でもその声は、告げられた病名以上の、何かとんでもないことが起こっている、と感じさせる深い悲哀を湛えていた。

「僕はもちろんいつまでも待っています」

そうChageさんは締めくくり、

『On Your Mark』が流れた。

その日からイヤな予感は次々と現実となった。

予想をはるかに超えて…。

暗く長く冷たい洞窟に入り込んだようだった。

 

 

2016年7月になって、ASKAさんが始めたブログ。

急に射し込んだ眩い光に戸惑いながら、目をこすりこすり確かめた。

 

【ひとつひとつ掴んでみる 確かめてみる】

 

その感覚で一歩、また一歩。

 

ようやく形が見えてきて、『ASKAさん、いよいよですね。』とこの日記に綴ったのが11月26日。

翌27日にはさらなる嬉しいお知らせ。1月のアルバム発売に先がけて、年末にはYouTubeで新曲をUPするという。いいお話の連続に、天にも昇りそうな気持ちになった。

 

それが次の日には一転。まるでそうはさせるもんかとでもいうように、一気に真っ暗闇に引きずり込まれた。

今でも思い出すとギューっと胸が締めつけられる。

色んな感情が次々と湧いてきては、ぐるぐる回る。

崩れ落ちそうになる気持ちを必死で奮い立たせ、

今、何ができる?

どうするべき?

と、それでも道は必ずあるはず、と一人一人の力を信じた21日間。

 

 「どんなASKAさんでも、応援し続ける」

 

気持ちは揺るがないけど、一体何が真実なのか。そこがまず知りたかった。

 

ASKAさんのブログが固まってなかなか開かないのに加え、

どうなっているのか分からない、じりじりとした思いと、驚きと不安から、身体の震えもとまらなかった。

 

「大丈夫だ。信じて待て。お前らのASKAを信じろ」

 

まずは事実確認をと、感情をフリーズさせていた私に、

飛び込んできた真っ直ぐな言葉。

 

「苦しいよ」

「信じています」

「間違いであって欲しい」

 

様々な表現方法で、

今まで分かちあってきたみんなの心が、揺れながらもASKAさんのブログに集まった。

ASKAさんが勾留されてからの20日間は、執拗で悪質なコメントで溢れた。

無実や冤罪を訴えるような内容のコメントを残そうものなら、即否定され、揶揄される。

外ではテレビが暴走を続けている。

そんな中で、ため息をつきながらではあっても、希望を捨てずにいられた。

暗闇の中でも、決して孤独を感じなかった。

 

皆が今のこの状況を望んで、夢見て…。

 

 

【不意に巻き込まれて 動き取れないでいたけど もうすぐだ】

 

 

ASKAさんのブログに寄せられるたくさんの気持ちは、私にとっても大切な宝物だ。

 

でも、時々迷っていたり、傷ついていたり、寂しがっている心も見つける。

 

一人一人考え方や表現の仕方はバラバラかもしれない。

だけど、居なくていい人なんて一人もいない。

 一人じゃないよって伝わるといい。

 

そして皆で一緒に喜び合いたい。

 

だってこんな経験はもう2度とない。

 

皆が大好きなASKAさんの音楽。

新しいアルバムは、

 

もうすぐだ。

 

 

【ここは夢の ここは何処か 夜明けを抜けて】

 

 

夢が叶うところ、皆と一緒に感じたい

 

 

 

 

 

 

※【】内 歌詞引用  ASKA 作詞·作曲「もうすぐだ」 1996年

 

 

ASKAさんの大きな一歩。

1月12日のASKAさんのブログ 車中。 - aska_burnishstone’s diary での、ASKAさんとタクシーの運転手さんの会話。

 

乗るべくして乗り、交わすべくして交わされたと思われて仕方がない。

 

私が最も気になっていることの一つに、ASKAさんの覚せい剤や薬物に対する認識は今はどういったものなのか、ということがあり、それは、1月3日 ASKAさんの 本『700番』の出版について想うこと。 - dyko’s diary の中でも書いた。

 

『700番』第1巻では、どのように薬物に嵌っていったのか、こちらが苦しくなるほど詳しく明らかにされていた。

冷静な情景描写がリアルで、事実を振り返り、向き合ったASKAさんの誠実さが伝わってきた。

 

7月のブログでは、知る側のそんな苦しさを慮ってか、そういったことには触れられておらず、様々なエピソードで楽しませてくれることに重点を置かれた内容だった。

そもそもブログの目的が、

「自分は病気ではありません。元気です。大丈夫です。」

ということを、心配してくれる人達に証明するため、顔を上げて進む第一歩であったため、その姿勢を貫いたのだと思う。

 

だから、その段階でもし心の中に何らかの葛藤があったとしても、世間に向かってそれを見せる訳にはいかない、というのは十分に分かる。

そして何より、ファンや、心配してくれている人たちの気持ちをまず吐き出させ、それを知り、受け止めたかったのではないかなと思う。

そんな「能天気」な様子に、「反省していない」「ちゃんと謝罪していない」「活動はまだ早い」などの声も寄せられたが、私は深い反省の上での強い意志の現れなのだろう、と受け止めていた。

『700番』の執筆、公開、あの状況でのコメント欄全開放は、そういった強い意志と覚悟がないとできないことだと感じていた。

 

ただ、どんな人にでも当てはまることだと思うが、

「心配しないで。大丈夫だから」

という言葉は、細心の注意を払って受け取らなければならない。顔の見えない紙の上だけの言葉の場合はなおさら…。

 

ASKAさんは、精神の解放、自由を強く求めているように感じられる。

理由は、盗聴、集団ストーカー?

周囲の自分に対する間違ったイメージ?

音楽の表現上のこと? 

世間の常識?

それとも自分で自分を縛り付けるような何か?

どこに一番不自由さを感じているのだろう。

そもそもASKAさんの求めている自由って、一体何?

と、ASKAさんから、解放とか自由という言葉が出るたびに考えてきた。

 

何かまだ窮屈で仕方ない、抱えこんでいるものがあるようで、それが覚せい剤や薬物に頼ることにつながったのかもしれず、その根本がまだ解決されていないような気がして、一人で心配していた。

 

 

だから、お母様の死に直面したASKAさんが、多くの人が注目して読んでいる今、このタクシーの運転手さんとのエピソードを書いたことは、私にとってはASKAさんが少し解放されつつあると思える、嬉しいことだった。

 

 ASKAさんは8月17日のブログ、ありがとう。 - aska_burnishstone’s diary の中で、謝罪と共に

覚せい剤犯罪の再犯率は高いと言われていますが、私は再犯のないグループの先頭に立ち、音楽をとおして社会に貢献しなければならないと考えています。

という意志を表した。

 

全力でその意志を応援する人がたくさんいることが、ブログのコメント欄を通しても伝わりとても心強かった。

一方で、覚せい剤を使ったのにあっさりと立ち直られては困る人がいるのではないか、復帰にはそういうことが障害になるのではないか、という不安な気持ちも私の中にはあった。

公には、覚せい剤は一旦手を出したら終わり、残りの人生は廃人もしくは監獄で、という印象を強く与えないと、安易に薬物に手を出す人が増える可能性がある。

それを避けるために、有名人には特に悪い見本となってもらいたいのだ。

逮捕後、12月4日放送のフジテレビ系「ワイドナショー」で、松本人志さんが発言したように、「ある意味 、(言っているムチャクチャなこととか、逮捕の経緯を見ていると) 本当にヤバイ薬なんやなって。こんなこと絶対にやっちゃいかんなというのは思うね。変な話、功労者ですよ。絶対 (薬物使用者は) 減る。」という反応が欲しいのだ。

そういう意図も絡んで、今回の逮捕の大々的な報道につながったのではないか、と思う。

 

この日のコメント欄では、タクシーの運転手さんの優しさに心が温まるといった内容の他に、この記事はよくないんじゃないかといった内容もいくつかあった。

大多数のコメントやスポーツ紙は髪の毛の話題だけを取り上げていて、まだまだデリケートで慎重にならないといけないテーマだということがよく分かる。

 

覚せい剤はいつでもやめられる。

ただやめ続けることが難しい。

それは、ASKAさんも他の経験者も実感していることだ。

 

だから今は覚せい剤とは縁が切れていて、必要とも思わないASKAさんでも、「止めれましたか?」と、以前使っていたというタクシーの運転手さんに聞いたのだろう。

 

目の前に出されたら、どうなるか分からないから。

「はい。その後、ある日同僚が勧めてきたんですが、『すまん』と言って、目の前で捨てました。」

『700番』、7月からのブログをずっと読んできて私の持ったASKAさんのイメージは、万が一、違法薬物が目の前にある状況に遭ったとしても「ふざけるな」と、きっぱり払いのけるというものだった。もちろん私の願望も入っているが、何度もそのイメージが浮かんできていた。

ASKAさんもそんな答えを聞いて、自分のイメージしていたものと重なったのではないか。それを知らせたくて、書いてくれたのではないだろうか。

 

 

ASKAさんはやめ続けられる。

 

 

もちろん、違法薬物をやめられずに負のスパイラルにはまって抜け出せない人も多く、周りの人も巻き込んで脳や身体、人生をボロボロにしていく非常に恐ろしいものではある。

 

使用者、乱用者も特別な人だけではなく、身近なところにあり、薬物撲滅運動は様々な形をとって行われなければならない。

私だって、軽い気持ちで一回ぐらい大丈夫だろう、と興味を示している人が目の前にいたら、外国で見た、高速道路の高架下に暮らす、薬をやり続けてボロボロになった姿の人達を見せて、「こうなりたいのですか」と言って断固止める。

 

だからといって、一度使ったら二度とやめられない、というのは間違いで、

 実際には、覚せい剤などの違法薬物は「やめられる」のです。

 

矛盾しているようだが、違法薬物使用に一つのパターンがあるわけではなく、例は人の数ほどあるのだろうし、その中にはやめ続けられた人もたくさんいるということだ。

 

ここから書く例は、あくまでも私個人の話で、統計でも資料でも、何でもない、私の実体験から知ったこと、感じたことであることを強調しておく。

 

私は、今のところ、日本では一人も違法薬物を使っている人と付き合ったことはない。正確には知っている限りということになるのだろうけど、実生活の中で話題に出ることも、頭をよぎることもない、縁遠いものである。

ただ、以前外国に行ったとき、違法である国でも合法の国でも、覚せい剤に限らず、コカイン、ヘロイン、大麻などの薬物を摂取している人と交流したり、そういった場所に立ち会ったことはある。

その当時、若く、知識もなかった私は、それが何かに気づくことすらなく過ごしていたこともあっただろうと、振り返ってみて思う。

ASKAさんも『700番』で書いていたが、私の場合はクラブなどではなく、人の家のホームパーティーで普通にそれらは出回っていた。

妄想を言い合ったり、錯乱状態の人ばかりの集まりではなく、普通に仕事もしている、社会生活を営んでいる人がちょっとハメをはずして楽しんでいる。お酒のような感覚で、お互いの手料理を持ち寄るようなアットホームなパーティーなどでも、それは身近にあった。

「ちょっとあなたもいる?」みたいな感じで、気軽に勧めてくる人も中にはいた。

「ん? 私はいい」

そう即座に断ることができたのは、何故か。

幼い頃に見た「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」という日本民間放送連盟のCMが、強烈に脳裏に焼き付いていたのもあり、薬物に対する興味自体、その当時は一切なかった。

お酒はほとんど飲めない体質で、味や気持ちよく酔う感じは味わいたいものの、アルコール依存症の人たちと間近で接することが多かったこともあって、無理に飲みたいとは思わなかった。

風邪薬、頭痛薬すら何故か毛嫌いしているところがあって、自然治癒力を高めるためや症状を緩和するためには、食品やハーブを工夫して過ごしていた。

加えて、当時、身体に大した不調がなかったこと、精神的に弱っている時期ではなかったこと、断ることでつまんないヤツと思われても気にならないような性格などが、

例え周りで薬物をやる人がいるような場面に出くわしたところで、一緒になってやろうと思わなかった理由だと思う。

 

ASKAさんも、お酒をほとんど飲めなかった。ただ人見知りしないフレンドリーな性格や、人一倍強い好奇心と行動力、お酒を飲んで酔っ払ったような未知の世界に興味があったこと、解放への欲求、小さい時から偏頭痛持ちで、痛みを薬で取り除くことに抵抗がなかったこと、等々が重なって、MDMAの使用や覚せい剤が手に入るきっかけにつながってしまったのではないか。

 

ただそこから常習が始まったわけではない。

 

一度使って抜け出せなくなったのではない。

 

警察に全て正直に話したことが、20年間続けて常用、のように報じられてしまい、今でもそれが事実であるかのように印象が残ってしまっている。今回もその印象に沿った報道がされた。

 

一回使っただけでも、ダメなものはダメ。

 最初は覚せい剤だと知らなかったとしても、知ってからも使い続けてやめられなかったのだから、重度の依存症だったのには、変わりがないのではないか。

それももっともな意見である。

 

それでも、やめられる。やめ続けられる。

 

私が当時仲良くしていて、音信不通になっていた友人とこの間、約15年振りに連絡がとれた。

今思えば、彼は当時、時々機会があれば覚せい剤をやっていたのだろうと思う。ある日、家に訪ねてきて私に説明した感覚は、ASKAさんが『700番』で描写したものとほとんど同じだったから。無知で無関心だった私は、その説明も「ふ~ん、そうなんだ」と聞き流していた。

彼は常用していたわけではなかったが、不定期に継続して使っていたそうだ。使用したあとの気だるささえ乗り越えれば、普段通り活動的で、薬のためなら何でもやるような重度の依存症ではなかった。

久しぶりに会話をすると、仕事も順調で以前とそう変わりがない様子。長く続けていた照明の仕事をやめて、外国で何か新しい事業にチャレンジするという話をした。

もう10年以上、何の違法薬物もやっていなくて、これからも使う気はさらさらないとのことだった。それより、新しい計画にとにかく没頭している様子だった。手に入れようと思えば簡単に手に入るだろうに、意識から外れてもう10年は経っているという。

 

もう一人の友人は、子どもの頃にひどく辛い経験があったようで、そのトラウマから、自傷行為として違法薬物に手を染めてしまっていた。彼女の場合は、やめるのが難しいと言われているヘロインを主に使っていたらしい。

人一倍頑張り屋で、感受性豊かな彼女は、私が出会った時には、やめたいのになかなかやめられず、苦しんでいた。苦しみの元となる、子どもの時の経験にも悩まされていた。普段は明るく、人生にポジティブな姿勢。ただ時折、どうせ私なんて、と自分を責めるかのように、瞳の光が消えてしまうことがあったのが気になっていた。

ある日、彼女は「きっぱり縁を切れた。タバコすら吸いたいと思わない。」と明るい声で伝えてくれた。この人と思える彼と出会えたこと、その存在、家庭を作る希望が彼女を本来の彼女に戻した。かなり深いことを話し合える仲だったので、その報告の後も頻繁に連絡をとり、注意深く見守ってきていたのだが、8年を経た今では、すっかり健康的な二人の子どものお母ちゃんになって、仕事との両立に一生懸命の幸せな日々を送っている。

 

たった二つの例ではあるが、私が知っている紛れもない「止められた」話である。

 

 

ちなみに、

この二人の外国人の友人には、薬物との関係をブログに書かせてもらいたいという意志を伝えて、了承をもらっている。ASKAさんのブログでのコメント欄には、運転手さんの過ちまで追及するような言葉も見受けられたが、使用から7年経過していれば違法薬物摂取は時効となり、罪には問われない。時代背景も変わる40年前の話さえ貴重なものとして聞けないのは、とても残念に思う。

 

使用者、未使用者、過去に使用したことのある人が、一人で抱え込まず、それぞれの悩みや意見を話し合えて、支え合える世の中になればいいな、と思う。 

 

 

私が何故あの時手を出さなかったか、

と、

ASKAさんが何故あの時手を出したのか、

は、

紙一重の差、だと思っている。

 

何かの拍子で、ちょっとした状況の違いで、絶対にやらないと思っていた類の過ちを犯してしまうことは、誰にでも起こり得ることだという意識は持っていたい。

その意識からは偏見は生まれない。

 

自分や他人の犯した罪を責め続けることより、

どうやってより良い方向へ進むかを一緒に考えていく。

そういった世の中だと、優しさの連鎖が生まれて、一人思い悩む人も減るだろう。

 

 

 

福岡の空の下、ご両親と密度の濃いであろう時間を過ごされ、

どこか踏ん切りがついたような、自然体のASKAさん。

 

タクシーの運転手さんとの会話を綴ったことは、

そんなこれからのASKAさんの

「大きな一歩」

 

そこにまずは拍手を送りたい。

 

 

 

星に祈りを。

 

ASKAさんのお母様がついに旅立たれた。

 

満月に迎えられて。

 

 

寂しさが消えることはない。

 

だけど、深く、大きな愛をお持ちのお母様は、

ひときわ強い光を放つ星となって、

 

ASKAさんを、この世の中を見守ってくれる。

 

 

これからは、天上に、

お母様の魂が星となって瞬いていく。

 

そして地上のどこかでは、

大きな愛を宿した、一つの命が誕生した。

 

まだまだ、学びの足りない未熟者に、

 

愛はどこまでも深く、

祈りはどこまでも届く。

 

温かい心に触れると、

心は優しくなっていく。

 

母はそれを教えてくれる。

 

 

つながり、つなげる、命の存在。

気が遠くなるまで、今夜は想おう。

 

答えがなくても、構わない。

偉大なる母に、宇宙に、

ただ想いを馳せるだけ。

 

 

 

 

 

~ ASKAさんのお母様に、

尊敬と感謝の意を込めて~

 

ASKAさんは世の中を変えることができる。

ASKAさんの行動に本気がみなぎっている。

 

今やテレビ、雑誌、ネットニュースでは、ニュースソースとして、ASKAさんのことを報じる時には、ASKAさん本人のブログ (http://aska-burnishstone.hatenablog.com/) の記事を引用しない訳にはいかなくなった。

 

1月9日のフジテレビ系「バイキング」では、ASKAさんが1月8日のブログで、出版予定である執筆本の担当者が出演することを報告し、自身も「観てみましょう」と記してあったことで、番組制作者、出演者全員がそれを意識した形での放送内容になった。

その他にも、名前は明記していないものの、井上公造氏の楽曲無断使用についてブログで言及したことによって、井上氏は日本テレビ系「ミヤネ屋」でブログ内容を受けたコメントを発表。

ブログの文面を適当に切り取り、好きなように脚色を付ける番組作りから、本人が直に何時(例え番組の放送中)でも発信すること、今や 3,000万回もアクセスがあることを明示することで、放送内容を見直すきっかけとなっているのだろう。

 

今までにない、新しい風をマスメディア内に起こしている。

大きな事務所の後ろ盾も保護もない、1アーティストとして、たった一人で表に立ち…。

 

アクセス数が10万程度あれば幸せなことだと、7月18日に始められたASKAさんのブログ。それが、7月23日には200万回近くに達し、8月3日には500万回を超え、4ヶ月後の11月18日にはおよそ1,400万回、逮捕、釈放を経た1月8日には、テレビ報道にASKAさんの逮捕直前のブログ更新が取り上げられたこともあって、4ヶ月間でも有り得ないと言われた1,400万回アクセスの倍以上を、およそ50日間で稼ぎ、総アクセス数は3,000万回に届く程となった。(1月10日 カウンターというのを見つけましたので、付けてみました。 - aska_burnishstone’s diary で証明画像有り)

 

何度も読み直したり、更新がないかと気になって頻繁にチェックする人達を含めて考えたとしても、あまりにも驚異的なアクセス数。

ITジャーナリストの三上洋氏によると、彼の知る限り、個人のブログでは史上最大の数字だそうだ。

ASKAさんがブログで発信することへの関心度は、相当高いということがはっきり分かる。

 

ASKAさんに関する報道のみを指しているのではないが、

1月1日のフジテレビ系「ワイドナショー」では、

TV番組が報道番組とバラエティ番組のワイドショー化という昨年の傾向を挙げ、その理由として、

古市憲寿氏が「芸能人は好感度を意識するから、言える人が一部になってきて。だから、芸人さん達がどんどんニュースとかに増えてきたのかなっていうことと、専門家に対する信頼感がもうないからなんじゃないですかね。昔と違って今はもうなかなか専門家の言うことも信じられない。だから本音トークしてくれる芸人さんとかが、バラエティでもない、ニュースでもないっていうのがウケるのかなって気はしますね」と発言すると、

ヒロミさんは「本音なんか言えない。もっとキツイ本音の葛藤は個人的に戦えばいいだけの話であって、公にはテレビで俺らがやる仕事じゃないから」と発言。

松本人志さんは「色んな芸能ニュースがある中で、今だにやっぱり事務所の力関係とか大きい事務所のスキャンダルが扱えなくなったりすることがやっぱりある。でもそういうのは一般の人にバレているから、何であのニュースは扱わないのっていうのは。今やネットでは散々上位にあがっているのに、ワイドショーでは一切扱わない。この違和感はテレビ業界の人たちも、もうそろそろ気付いてほしい。じゃないとどんどんテレビは時代遅れになっていくし、芸能界ってやっぱりなんか変な世界やなって、どんどん一般社会と離れていっちゃうのが僕は寂しいというか、…悔しい

さらに「扱えないものに、触れないことで一番損するのはタレントやと思うんです。どんどん離れて芸能界を誰も信用してくれなくなるっていうのが、僕は嫌やなと思うんですよ」と発言し、テレビが抱えるジレンマを示した。

ウエンツさんは「死んでもいいと思ってしゃべっている、じゃないとやっていられない。それくらいの覚悟でしゃべっている。自分だって守られていて、っていう面もあるから最終的には俺を殺してくれっていう気持ちでやるしかない。何かがあった時に、自分は守られたくないという気持ちだけです」と最初は難しい問題だと言い淀みながらも、最後には自分の覚悟をきっぱりと言い切った。

 

松本さんが言うように、真剣に向き合い、話をしている人は、間違えていようがバカな発言だろうが、伝わっていくものはあるだろう。

人間には心があるから。

 

この日の「ワイドナショー」のように、こういった問題点をまず公に認め、考えていく姿勢が見られれば、もう少しテレビの報道バラエティ番組、情報番組にも期待できるかもしれない。

 

さらに、フジテレビ系1月5日の「バイキング」では、

先の松本人志さんの発言を取り上げ、「とくダネ!」のMCや「ワイドナショー」のコメンテーターも務める小倉智昭さんが、

「大きな事務所になればなるほど、そこのタレントさんにお世話になることは局としても多い、となると、そこの事務所のタレントさんに関してはあまり詳しくは言えないっていうのは、この業界あるでしょうね」「そういうのはどう整理つけてきたのか」という坂上さんの問いに対し「それは…、長く仕事もらうためにはしょうがない」「とくダネ! なんて、打ち合わせの時は何でも言えるから一番面白い。本番つまんないですねって言われる」と発言し、出演者を動揺させていた。

水道橋博士さんは「芸能界が一番でかい業界じゃないから、商取引があるところに忖度しないといけないところはたくさんあるから。僕自身の意見を言うと、テレビ局は報道と芸能を分けてほしい。全く別のものを一緒にするのはおかしいことで、別会社でやって欲しいと思っています」という持論を主張。

坂上さんが「日々こういうものと向き合いながら過ごしているわけですが、バイキングはバラエティっていうところもあるんで、またちょっと話聞いてて違うなと感じる」と戸惑いを見せると、

小倉さんは「情報番組の時はまず情報を伝える。芸能界のプライバシーの部分はあんまりやりたくない。芸事を徹底的にやりたいんだけど、どうもそっち側に走っちゃうし、そうじゃないと数字がとれない。でも数字とろうとすると、事務所や色んな所から圧力がかかる。その狭間で揺れ動いているんですよ」と説明した。

 そして先の松本人志さんの「ワイドナショー」での発言、

「でもそういうのは一般の人にバレている」をもう一度取り上げ、「僕はつくづくそう思っていて、バレているという恐怖感をどこかで持っていないとウソが大前提になっているようで、怖くなる時が僕なんかあるんですけどね」と坂上さん。

小倉さんは「以前はテレビにもスクープはあったけど、最近はどっかの週刊誌が口火を切ってくれないとやらない風潮がある。怖いんだよね。責任を負うことが。それをやることによってネットで叩かれたりスポンサーが落ちたりするっていうことが、怖いわけだから、僕はネットよりまだメディアとしてテレビの力 (発信力) は大きいと思いますよ。ネットも気にしないといけないのかもしれないけど、そんなに恐れなくてもいいと思うっていうと炎上しますからね」という発言をした。

 

こういった自分たちの立場やジレンマを話しあったり、これからのTV報道のあり方を考えていく姿勢は、とても前向きで有意義なものであると思う。

 

また、だからこそ、

ASKAさんが逮捕されるという情報を警察関係者がマスコミに大々的にリークし、それを受けた報道陣がまるでお祭りのように騒ぎ立て、国民の安全に関わる緊急事態のような体で、連日大問題視し、陰湿で残虐ないじめショーのような放送内容は2度と繰り返されてはならないし、クローズアップして話し合うべきだったと思う。

 

1月9日の「バイキング」でも、ASKAさんのブログ内容「メディアの報道に目を瞑ることはいたしません。責任はとっていただきます」などの言葉を引用し、話題に取り上げられたように、メディアの行き過ぎた報道で、法的に決着をつけることは、訴える側にも負担の大きい事ではあるが、今後のためにも“優しさ”があるならばこそ、とらなければならない手段でもあると思う。

 

そして、 一般人もマスメディアに意識を誘導されてはいないか自問自答し、見えている嘘があれば黙ってやり過ごさないことも大切だろう。

 

それぞれのマスメディアが、事実をどうやって切り取るのかを観察していくと、その裏側はぼんやりと見えるが、結局知りたい情報は知ることができないことに気付く。

やはり情報収集は、個人発信による現場の声、本人、または本人公認の発信を重視し、複合的に行うものだろう。

 

情報を得て、最も大事なことは、その情報を掘り下げ、必要なもの、関心のあるものはテーマも変えてどんどん調べ、どう今の自分に生かしていくのか、なのだと思う。

自分の生活に取り入れることで、関わる人に影響を与え、与えられる。

そこで働かせるものが想像力で、想像力から創造力の豊かな生き方に繋がると思っている。

そして自分のタイミングで、何らかのきっかけを掴んだ時、想像力と創造力を使って行動を起こすこと。行動で何かが変わることを怖がらないようにしたい。

 

ASKAさんの今回の一連の報道とASKAさんの言動を観て、こういったことも考えさせられた。

 

 

ちょうど1年前にあたる1月9日にASKAさんが、『700番』をブログにアップしたように、行動を起こすことから何かは生まれる。

即、消されはしたけど、とにかく残った『700番』第1巻。

 その後、7月にブログを開始したASKAさん。ネット環境があれば誰でも閲覧し、コメントも残せる、しかも全公開という、ASKAさんがその時置かれていた背景を考えてみても、並大抵のことではなかっただろう。

 そして、ASKAさん自身も7月23日に、

意外かもしれませんが、僕の欠点のひとつには、「他人の言うことを聞きすぎる」「他人に、影響されやすい」と、いうのがあります。迷いが生じやすいのです。

1ヶ月間 - aska_burnishstone’s diary

と書いているように、迷いやすいと認めながらも、反対や周囲の人の声に耳を傾けなさいといった声もある中で、強引のようにも思えるブログ発信には、そういった愛のある声には逆らったことになったとしても、“やらなければならないものがある”といった強い信念を感じる。

 

そして今、3,000万アクセスにもひるむことなく、堂々とマイペースに更新頻度も、内容も、バラバラな感じのASKAさんが何とも頼もしい。

ASKAさんは、そもそも普通の尺度で測れる人ではないのだから。

それもこれも含めた生のASKAさん。

今何よりもオリジナリティーとリアリティーに満ち溢れている。

今後もずっと読んでいきたいASKAさんのブログ。

ずっと聴き続けていきたいASKAさんの歌。

 

 

 

ASKAさんは、きっと世の中を変えていく。

 

 

 

ASKA とアインシュタイン 、アポリネール 。

「天才」であるとか「神」であるとか崇められるのは、決して居心地の良いものではないような気がする。

 

才能があればあるほど、限界を知る。

知れば知るほど、無知に気付く。

 

 

『DADAレーベル』のキャラクターを見て、アインシュタイン (Albert Einstein、1879-1955) のあの有名な舌を出した写真を連想した。

 

両側の耳のあたりに人差し指をあて、DADAと書かれた顔は舌を出している。

 

このキャラクターについては、「あっかんべー」をしているようにも見えるという人も、少なからずいたのだけど、

ASKAさんによればそうではなく「なんちゃってぇー」ということらしい。

 

それを知って、

アインシュタインが舌を出した写真との共通点が、はっきり見えたような気がした。

 

あの写真は1951年3月14日、アインシュタイン72歳の誕生日に誕生パーティーから帰ろうとして、車に乗ったときに撮られたものだ。

たくさんのカメラのフラッシュに辟易しながらも疲れた様子を隠すこともなく、ようやく友人達と車に乗り込んだとき、一人のカメラマンが「こっちを見て笑ってください」とカメラを向けたときに突然見せた表情。

新聞記者嫌いで有名だったアインシュタイン。マスコミへの反発心からの表情だと受け取る編集者たちは、写真の掲載に反対したそうだ。

しかし、そんな意図があるとは思えなかった、と実際に撮影したカメラマン、アーサー·サス (Arthur Sasse) が主張したことで、写真はアインシュタインの顔の部分だけ切り取られ、翌日の新聞に載り、1951年度のニューヨーク新聞写真家賞のグランプリまで受賞した。

アインシュタインは、掲載されたこの写真を気に入って新聞社に写真の焼き増しを9枚分も頼み、コメントまで寄せた。

『皆さんが、こういった仕草をお好きなのは、それが万人に向けられたものだからです。どの常識人もやろうとしないことを、一民間人がやってのけるところなのです。

公正に感謝の気持ちをもっている読者の一人。A.アインシュタイン』(意訳)

 

そして後には、この時の心境を振り返り、

『このポーズは私の態度をよく表している。権威というものを受け入れることがどうも苦手だったんだ。この時、もっと威厳をたたえたポーズを期待していたに違いないカメラマンに舌を出したのは、表現のゲームに加担したり、決まりきった自分のイメージに身を委ねたりしたくなかったからだ 。A.アインシュタイン』(意訳)

と、打ち明けた。

 

つまり、

「なんちゃって」な精神を、

豊かな想像力と機知とで示した瞬間が、あの写真なのだ。

 

※日本語版Wikipediaでは、

「あっかんべえ、あっかんべーは相手に向かって下まぶたを引き下げ、赤い部分を出して侮蔑の意を表す身体表現。現在では多くの場合、舌を向かって出すことを伴い、時として舌を出すことそのものを指すと受け取られることもある。」

「なんちゃってとは、ほんの冗談(でした)という意味の俗語である。また本物·本当ではない、模造(した)、偽物(の)という意味の俗語でもあり、連体詞的にも使われている。…なんて言っちゃっての変化した言葉」

と表記されているが、

私の中では、

「あっかんべえは、お前のことなんて、どうだっていいもんね、知らないよといった捨てゼリフのように突き放す言葉、もしくはジェスチャー」

「なんちゃってとは、こんなことしちゃったりして、といった風に自分の言動をおどけたり、軽く扱うこと」

という意味として捉えている。

 

また、アメリカでは、舌を出す仕草は幼児的なものとして、大人のしないジェスチャーとして捉えられていて、現代で、大人がこのジェスチャーをする場合は、良い悪い混合された意味を持ち、嫌気、不快、味見、性的な挑発、おふざけ、冗談などを表す。

 

アインシュタインのこの写真の場合は、鼻に皺を寄せたり、視線で威嚇するなどの怒りの表現が見られないので、

72歳のノーベル物理学賞受賞者が、幼児的ジェスチャーをする=おふざけ、冗談、自分の未熟さの表現=決まりきったモノの捉え方の危険性、無意味性への警鐘、

という意味と解釈して、ここでは「なんちゃって」の精神と言っています。

 

 

 

『三角形のバラッド』

三角形にはいろいろな意味や捉え方があって、使う方、受け取る方の気持ち次第でたくさんのものを表現できる。

 

今ASKAさんは、ご両親のいる福岡にいる。

訳があって福岡から離れられない。

新曲「FUKUOKA」

プロモーションの風は福岡から、等々。

 

原点回帰の心境のASKAさんにとっては、究極の原点は母の胎内、といったところなのだろうか…。

「安定」「方向」「母性」「三位一体」などを象徴し、アルファベットのA、ピラミッドなんかも三角形。

ASKAさんの新しい詩は、三角形と共に強烈なインパクトだった。

 

やっぱり攻めてる。

 

表現が溢れてくる。

 

やっぱり芸術家。

 

方法を変えて、また変えて、表現し続ける。

 

それにしても、ASKAさんはアポリネールからインスピレーションを受けていたのだろうか。

もし全く知らない、意識していないのだとしたら、それはそれであの表現方法に向き合わなければならなくなる。

 

アポリネール(Guillaume Apollinaire de Kostrowitzky 1880―1918)は、フランスで活動した詩人で小説家である。

このアポリネールの使ったカリグラムという詩の表現方法に近いものが『三角形のバラッド』にはある。

アポリネールは、

エッフェル塔や男の顔、鳥やチェロの絵を文字で表し、詩にした。

芸術評論家でもあり、シュールレアリスムやキュビズムの先導者でもあった。

 

彼の物の考え方もまた独特なところがあったのだが、そこは追記として後日書かせてもらう。

 

 

国も時代も違うけど、

 

「A」から始まる3人は、

 

つながっているような気がする。

 

「天才」と呼ばれる人の共通点なのか、

 

それとも、私の単なるこじつけなのか。

 

どちらにしても、

「独創」は、

人生を豊かなものにする。

 

 

 

 

攻めるね! ASKAさん。

「DADAレーベル」のキャラクター。

 

「あっかんべー。」と、舌を出しているのではなく、「なんちゃってぇー。」なのだそうです。

 

一番核となっている音楽の、自身のレーベルキャラクターに「なんちゃって」とは。

 

すごい・・・。

 

ASKAさんの本気を感じる。

 

そしてどういう報道がされるか、想像してみる。

 

(アナウンサーの声で)

『先月覚せい剤使用容疑で逮捕され、不起訴処分で釈放となったミュージシャンのASKAさんが、先日、自身のレーベル「DADAレーベル」を立ち上げたことを、ブログ内で発表しました。

「独創」という信念のもとに、「通常の概念」や「つまらない常識」に身の丈を合わせることなく、全てを自由のもとに、そして発想のもとに生きてゆくという芸術運動「ダダイズム」がレーベル名の由来となっています。

またキャラクターも同時公開され(画像のアップ)、こちら「あっかんべー」をしているようにも見えるのですが、ASKAさんによるとそうではなく「なんちゃってぇー」を表しているそうです。

それでは、次のニュースです……。』

 

なんて、ならないか。

 

 

ASKAさん、やるなぁ。

 

昨年から、アルバムを発表するため、多くの困難を抱えつつも、コツコツと準備に励んでいた。

そんなASKAさんを知らないほとんどの人は、

 

「なんてふざけているんだ」

「言動がおかしい」

「意味不明」

 

などと、不審がるかもしれない。

 

昨年の逮捕がなかったとしても、執行猶予中なのだから、という理由で、そういった反応もあっただろう。

 

それをふまえた上での

 

「なんちゃってー」

 

 

攻撃は最大の防御なり。

 

あの手で攻めて、この手で攻めて、あっちからもこっちからも、攻めて、攻めて、攻めまくる。

 

どこまでも自由な発想「独創」で。

 

もちろん根底には大きな優しさがある。

なり振り構わない頑張りもある。

 

そんなASKAさんには、

 

そのうち暖かな日差しと共に、

少しずつ道は開けてくるように思う。

 

そしてその先には、

たくさんの心からの拍手が、

きっと待っている。