ASKA とアインシュタイン 、アポリネール 。

「天才」であるとか「神」であるとか崇められるのは、決して居心地の良いものではないような気がする。

 

才能があればあるほど、限界を知る。

知れば知るほど、無知に気付く。

 

 

『DADAレーベル』のキャラクターを見て、アインシュタイン (Albert Einstein、1879-1955) のあの有名な舌を出した写真を連想した。

 

両側の耳のあたりに人差し指をあて、DADAと書かれた顔は舌を出している。

 

このキャラクターについては、「あっかんべー」をしているようにも見えるという人も、少なからずいたのだけど、

ASKAさんによればそうではなく「なんちゃってぇー」ということらしい。

 

それを知って、

アインシュタインが舌を出した写真との共通点が、はっきり見えたような気がした。

 

あの写真は1951年3月14日、アインシュタイン72歳の誕生日に誕生パーティーから帰ろうとして、車に乗ったときに撮られたものだ。

たくさんのカメラのフラッシュに辟易しながらも疲れた様子を隠すこともなく、ようやく友人達と車に乗り込んだとき、一人のカメラマンが「こっちを見て笑ってください」とカメラを向けたときに突然見せた表情。

新聞記者嫌いで有名だったアインシュタイン。マスコミへの反発心からの表情だと受け取る編集者たちは、写真の掲載に反対したそうだ。

しかし、そんな意図があるとは思えなかった、と実際に撮影したカメラマン、アーサー·サス (Arthur Sasse) が主張したことで、写真はアインシュタインの顔の部分だけ切り取られ、翌日の新聞に載り、1951年度のニューヨーク新聞写真家賞のグランプリまで受賞した。

アインシュタインは、掲載されたこの写真を気に入って新聞社に写真の焼き増しを9枚分も頼み、コメントまで寄せた。

『皆さんが、こういった仕草をお好きなのは、それが万人に向けられたものだからです。どの常識人もやろうとしないことを、一民間人がやってのけるところなのです。

公正に感謝の気持ちをもっている読者の一人。A.アインシュタイン』(意訳)

 

そして後には、この時の心境を振り返り、

『このポーズは私の態度をよく表している。権威というものを受け入れることがどうも苦手だったんだ。この時、もっと威厳をたたえたポーズを期待していたに違いないカメラマンに舌を出したのは、表現のゲームに加担したり、決まりきった自分のイメージに身を委ねたりしたくなかったからだ 。A.アインシュタイン』(意訳)

と、打ち明けた。

 

つまり、

「なんちゃって」な精神を、

豊かな想像力と機知とで示した瞬間が、あの写真なのだ。

 

※日本語版Wikipediaでは、

「あっかんべえ、あっかんべーは相手に向かって下まぶたを引き下げ、赤い部分を出して侮蔑の意を表す身体表現。現在では多くの場合、舌を向かって出すことを伴い、時として舌を出すことそのものを指すと受け取られることもある。」

「なんちゃってとは、ほんの冗談(でした)という意味の俗語である。また本物·本当ではない、模造(した)、偽物(の)という意味の俗語でもあり、連体詞的にも使われている。…なんて言っちゃっての変化した言葉」

と表記されているが、

私の中では、

「あっかんべえは、お前のことなんて、どうだっていいもんね、知らないよといった捨てゼリフのように突き放す言葉、もしくはジェスチャー」

「なんちゃってとは、こんなことしちゃったりして、といった風に自分の言動をおどけたり、軽く扱うこと」

という意味として捉えている。

 

また、アメリカでは、舌を出す仕草は幼児的なものとして、大人のしないジェスチャーとして捉えられていて、現代で、大人がこのジェスチャーをする場合は、良い悪い混合された意味を持ち、嫌気、不快、味見、性的な挑発、おふざけ、冗談などを表す。

 

アインシュタインのこの写真の場合は、鼻に皺を寄せたり、視線で威嚇するなどの怒りの表現が見られないので、

72歳のノーベル物理学賞受賞者が、幼児的ジェスチャーをする=おふざけ、冗談、自分の未熟さの表現=決まりきったモノの捉え方の危険性、無意味性への警鐘、

という意味と解釈して、ここでは「なんちゃって」の精神と言っています。

 

 

 

『三角形のバラッド』

三角形にはいろいろな意味や捉え方があって、使う方、受け取る方の気持ち次第でたくさんのものを表現できる。

 

今ASKAさんは、ご両親のいる福岡にいる。

訳があって福岡から離れられない。

新曲「FUKUOKA」

プロモーションの風は福岡から、等々。

 

原点回帰の心境のASKAさんにとっては、究極の原点は母の胎内、といったところなのだろうか…。

「安定」「方向」「母性」「三位一体」などを象徴し、アルファベットのA、ピラミッドなんかも三角形。

ASKAさんの新しい詩は、三角形と共に強烈なインパクトだった。

 

やっぱり攻めてる。

 

表現が溢れてくる。

 

やっぱり芸術家。

 

方法を変えて、また変えて、表現し続ける。

 

それにしても、ASKAさんはアポリネールからインスピレーションを受けていたのだろうか。

もし全く知らない、意識していないのだとしたら、それはそれであの表現方法に向き合わなければならなくなる。

 

アポリネール(Guillaume Apollinaire de Kostrowitzky 1880―1918)は、フランスで活動した詩人で小説家である。

このアポリネールの使ったカリグラムという詩の表現方法に近いものが『三角形のバラッド』にはある。

アポリネールは、

エッフェル塔や男の顔、鳥やチェロの絵を文字で表し、詩にした。

芸術評論家でもあり、シュールレアリスムやキュビズムの先導者でもあった。

 

彼の物の考え方もまた独特なところがあったのだが、そこは追記として後日書かせてもらう。

 

 

国も時代も違うけど、

 

「A」から始まる3人は、

 

つながっているような気がする。

 

「天才」と呼ばれる人の共通点なのか、

 

それとも、私の単なるこじつけなのか。

 

どちらにしても、

「独創」は、

人生を豊かなものにする。