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ASKAさんの大きな一歩。

ASKAブログコメント欄に収まりきらない想い

1月12日のASKAさんのブログ「車中。」での、ASKAさんとタクシーの運転手さんの会話。

 

乗るべくして乗り、交わすべくして交わされたと思われて仕方がない。

 

私が最も気になっていることの一つに、ASKAさんの覚せい剤や薬物に対する認識は今はどういったものなのか、ということがあり、それは、「ASKAさんの本『700番』の出版について想うこと」の中でも書いた。

 

『700番』第1巻では、どのように薬物に嵌っていったのか、こちらが苦しくなるほど詳しく明らかにされていた。冷静な情景描写がリアルで、事実を振り返り、向き合ったASKAさんの誠実さが伝わってきた。

 

7月のブログでは、知る側のそんな苦しさを慮ってか、そういったことには触れられておらず、様々なエピソードで楽しませてくれることに重点を置かれた内容だった。

そもそもブログの目的が、

「自分は病気ではありません。元気です。大丈夫です。」

ということを、心配してくれる人達に証明するため、顔を上げて進む第一歩であったため、その姿勢を貫いたのだと思う。

 

だから、その段階でもし心の中に何らかの葛藤があったとしても、世間に向かってそれを見せる訳にはいかない、というのは十分に分かる。何よりファンや、心配してくれている人たちの気持ちをまず吐き出させ、それを知り、受け止めたかったのではないかなと思う。

そんな「能天気」な様子に、「反省していない」「ちゃんと謝罪していない」「活動はまだ早い」などの声も寄せられたが、私は深い反省の上での強い意志の現れなのだろう、と受け止めていた。『700番』の執筆、公開、あの状況でのコメント欄全開放は、そういった強い意志と覚悟がないとできないことだと感じていた。

 

ただ、どんな人にでも当てはまることだと思うが、

「心配しないで。大丈夫だから」

という言葉は、細心の注意を払って受け取らなければならない。顔の見えない紙の上だけの言葉の場合はなおさら…。

 

ASKAさんは、精神の開放、自由を強く求めているように感じられる。

理由は、盗聴、集団ストーカー?

周囲の自分に対する間違ったイメージ?

音楽の表現上のこと? 

世間の常識?

それとも自分で自分を縛り付けるような何か?

どこに一番不自由さを感じているのだろう。

そもそもASKAさんの求めている自由って、一体何?と、

ASKAさんから、開放とか自由という言葉が出るたびに考えてきた。

 

何かまだ窮屈で仕方ない、抱えこんでいるものがあるようで、それが覚せい剤や薬物に頼ることにつながったのかもしれず、その根本がまだ解決されていないような気がして、一人で心配していた。

 

 

だから、お母様の死に直面したASKAさんが、多くの人が注目して読んでいる今、このタクシーの運転手さんとのエピソードを書いたことは、私にとってはASKAさんが少し開放されつつあると思える、嬉しいことだった。

 

 ASKAさんは8月18日のブログ『ありがとう。』の中で、謝罪と共に「再犯のないグループの先頭に立ち、音楽をとおして社会に貢献しなければならない」という意志を表した。

全力でその意志を応援する人がたくさんいることが、ブログのコメント欄を通しても伝わりとても心強かった。

一方で、覚せい剤を使ったのにあっさりと立ち直られては困る人がいるのではないか、復帰にはそういうことが障害になるのではないか、という不安な気持ちも私の中にはあった。

公には、覚せい剤は一旦手を出したら終わり、残りの人生は廃人もしくは監獄で、という印象を強く与えないと、安易に薬物に手を出す人が増える可能性がある。

それを避けるために、有名人には特に悪い見本となってもらいたいのだ。

逮捕後、12月4日放送のフジテレビ系「ワイドナショー」で、松本人志さんが発言したように、「ある意味 、(言っているムチャクチャなこととか、逮捕の経緯を見ていると) 本当にヤバイ薬なんやなって。こんなこと絶対にやっちゃいかんなというのは思うね。変な話、功労者ですよ。絶対 (薬物使用者は) 減る。」という反応が欲しいのだ。

そういう意図も絡んで、今回の逮捕の大々的な報道につながったのではないか、と思う。

 

この日のコメント欄では、タクシーの運転手さんの優しさに心が温まるといった内容の他に、この記事はよくないんじゃないかといった内容もいくつかあった。大多数のコメントやスポーツ紙は髪の毛の話題だけを取り上げていて、まだまだデリケートで慎重にならないといけないテーマだということがよく分かる。

 

覚せい剤はいつでもやめられる。

ただやめ続けることが難しい。

それは、ASKAさんも他の経験者も実感していることだ。

 

だから今は覚せい剤とは縁が切れていて、必要とも思わないASKAさんでも、「止めれましたか?」と、以前使っていたというタクシーの運転手さんに聞いたのだろう。

 

目の前に出されたら、どうなるか分からないから。

「はい。その後、ある日同僚が勧めてきたんですが、『すまん』と言って、目の前で捨てました。」

『700番』、7月からのブログをずっと読んできて私の持ったASKAさんのイメージは、万が一、違法薬物が目の前にある状況に遭ったとしても「ふざけるな」と、きっぱり払いのけるというものだった。もちろん私の願望も入っているが、何度もそのイメージが浮かんできていた。

ASKAさんもそんな答えを聞いて、自分のイメージしていたものと重なったのではないか。それを知らせたくて、書いてくれたのではないだろうか。

 

 

ASKAさんはやめ続けられる。

 

 

もちろん、違法薬物をやめられずに負のスパイラルにはまって抜け出せない人も多く、周りの人も巻き込んで脳や身体、人生をボロボロにしていく非常に恐ろしいものではある。

 

使用者、乱用者も特別な人だけではなく、身近なところにあり、薬物撲滅運動は様々な形をとって行われなければならない。

私だって、軽い気持ちで一回ぐらい大丈夫だろう、と興味を示している人が目の前にいたら、外国で見た、高速道路の高架下に暮らす、薬をやり続けてボロボロになった姿の人達を見せて、「こうなりたいのですか」と言って断固止める。

 

だからといって、一度使ったら二度とやめられない、というのは間違いで、

 実際には、覚せい剤などの違法薬物は「やめられる」のです。

 

矛盾しているようだが、違法薬物使用に一つのパターンがあるわけではなく、例は人の数ほどあるのだろうし、その中にはやめ続けられた人もたくさんいるということだ。

 

ここから書く例は、あくまでも私個人の話で、統計でも資料でも、何でもない、私の実体験から知ったこと、感じたことであることを強調しておく。

 

私は、今のところ、日本では一人も違法薬物を使っている人と付き合ったことはない。正確には知っている限りということになるのだろうけど、実生活の中で話題に出ることも、頭をよぎることもない、縁遠いものである。

ただ、以前外国に行ったとき、違法である国でも合法の国でも、覚せい剤に限らず、コカイン、ヘロイン、大麻などの薬物を摂取している人と交流したり、そういった場所に立ち会ったことはある。

その当時、若く、知識もなかった私は、それが何かに気づくことすらなく過ごしていたこともあっただろうと、振り返ってみて思う。

ASKAさんも『700番』で書いていたが、私の場合はクラブなどではなく、人の家のホームパーティーで普通にそれらは出回っていた。

妄想を言い合ったり、錯乱状態の人ばかりの集まりではなく、普通に仕事もしている、社会生活を営んでいる人がちょっとハメをはずして楽しんでいる。お酒のような感覚で、お互いの手料理を持ち寄るようなアットホームなパーティーなどでも、それは身近にあった。

「ちょっとあなたもいる?」みたいな感じで、気軽に勧めてくる人も中にはいた。

「ん? 私はいい」

そう即座に断ることができたのは、何故か。

幼い頃に見た「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」という日本民間放送連盟のCMが、強烈に脳裏に焼き付いていたのもあり、薬物に対する興味自体、その当時は一切なかった。

お酒はほとんど飲めない体質で、味や気持ちよく酔う感じは味わいたいものの、アルコール依存症の人たちと間近で接することが多かったこともあって、無理に飲みたいとは思わなかった。

風邪薬、頭痛薬すら何故か毛嫌いしているところがあって、自然治癒力を高めるためや症状を緩和するためには、食品やハーブを工夫して過ごしていた。

加えて、当時、身体に大した不調がなかったこと、精神的に弱っている時期ではなかったこと、断ることでつまんないヤツと思われても気にならないような性格などが、

例え周りで薬物をやる人がいるような場面に出くわしたところで、一緒になってやろうと思わなかった理由だと思う。

 

ASKAさんも、お酒をほとんど飲めなかった。ただ人見知りしないフレンドリーな性格や、人一倍強い好奇心と行動力、お酒を飲んで酔っ払ったような未知の世界に興味があったこと、開放への欲求、小さい時から偏頭痛持ちで、痛みを薬で取り除くことに抵抗がなかったこと、等々が重なって、MDMAの使用や覚せい剤が手に入るきっかけにつながってしまったのではないか。

 

ただそこから常習が始まったわけではない。

 

一度使って抜け出せなくなったのではない。

 

警察に全て正直に話したことが、20年間続けて常用、のように報じられてしまい、今でもそれが事実であるかのように印象が残ってしまっている。今回もその印象に沿った報道がされた。

 

一回使っただけでも、ダメなものはダメ。

 最初は覚せい剤だと知らなかったとしても、知ってからも使い続けてやめられなかったのだから、重度の依存症だったのには、変わりがないのではないか。

それももっともな意見である。

 

それでも、やめられる。やめ続けられる。

 

私が当時仲良くしていて、音信不通になっていた友人とこの間、約15年振りに連絡がとれた。

今思えば、彼は当時、時々機会があれば覚せい剤をやっていたのだろうと思う。ある日、家に訪ねてきて私に説明した感覚は、ASKAさんが『700番』で描写したものとほとんど同じだったから。無知で無関心だった私は、その説明も「ふ~ん、そうなんだ」と聞き流していた。

彼は常用していたわけではなかったが、不定期に継続して使っていたそうだ。使用したあとの気だるささえ乗り越えれば、普段通り活動的で、薬のためなら何でもやるような重度の依存症ではなかった。

久しぶりに会話をすると、仕事も順調で以前とそう変わりがない様子。長く続けていた照明の仕事をやめて、外国で何か新しい事業にチャレンジするという話をした。

もう10年以上、何の違法薬物もやっていなくて、これからも使う気はさらさらないとのことだった。それより、新しい計画にとにかく没頭している様子だった。手に入れようと思えば簡単に手に入るだろうに、意識から外れてもう10年は経っているという。

 

もう一人の友人は、子どもの頃にひどく辛い経験があったようで、そのトラウマから、自傷行為として違法薬物に手を染めてしまっていた。彼女の場合は、やめるのが難しいと言われているヘロインを主に使っていたらしい。

人一倍頑張り屋で、感受性豊かな彼女は、私が出会った時には、やめたいのになかなかやめられず、苦しんでいた。苦しみの元となる、子どもの時の経験にも悩まされていた。普段は明るく、人生にポジティブな姿勢。ただ時折、どうせ私なんて、と自分を責めるかのように、瞳の光が消えてしまうことがあったのが気になっていた。

ある日、彼女は「きっぱり縁を切れた。タバコすら吸いたいと思わない。」と明るい声で伝えてくれた。この人と思える彼と出会えたこと、その存在、家庭を作る希望が彼女を本来の彼女に戻した。かなり深いことを話し合える仲だったので、その報告の後も頻繁に連絡をとり、注意深く見守ってきていたのだが、8年を経た今では、すっかり健康的な二人の子どものお母ちゃんになって、仕事との両立に一生懸命の幸せな日々を送っている。

 

たった二つの例ではあるが、私が知っている紛れもない「止められた」話である。

 

 

ちなみに、

この二人の外国人の友人には、薬物との関係をブログに書かせてもらいたいという意志を伝えて、了承をもらっている。ASKAさんのブログでのコメント欄には、運転手さんの過ちまで追及するような言葉も見受けられたが、使用から7年経過していれば違法薬物摂取は時効となり、罪には問われない。時代背景も変わる40年前の話さえ貴重なものとして聞けないのは、とても残念に思う。

 

使用者、未使用者、過去に使用したことのある人が、一人で抱え込まず、それぞれの悩みや意見を話し合えて、支え合える世の中になればいいな、と思う。 

 

 

私が何故あの時手を出さなかったか、

と、

ASKAさんが何故あの時手を出したのか、

は、

紙一重の差、だと思っている。

 

何かの拍子で、ちょっとした状況の違いで、絶対にやらないと思っていた類の過ちを犯してしまうことは、誰にでも起こり得ることだという意識は持っていたい。

その意識からは偏見は生まれない。

 

自分や他人の罪を責め続けることより、

どうやってより良い方向へ進むかを一緒に考えていく、そういった世の中だと、優しさの連鎖が生まれて、一人思い悩む人も減るだろう。

 

 

 

福岡の空の下、ご両親と密度の濃いであろう時間を過ごされ、

どこか踏ん切りがついたような、自然体のASKAさん。

 

タクシーの運転手さんとの会話を綴ったことは、

そんなこれからのASKAさんの

「大きな一歩」

 

そこにまずは拍手を送りたい。