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「DADAレーベル」とASKAさん。

ASKAブログコメント欄に収まりきらない想い

んんん?!!!

コアなASKAさんのブログ読者は、お正月気分でまったりしている暇もない。

 

C&Aでもソロでもやっていなかったこととして、

昨年11月3日のブログで、準備していることだけを伝えてくれていた。

 

それが 

「DADAレーベル」というASKAさん名義のレーベルの立ち上げ。

 

音楽活動に関するお知らせということで、

「ぅわぁっ!!」という歓声が聞こえてくるようなコメント欄。

 

「ダダイズム」という思想からきたという「DADAレーベル」、「700番」やら「ヒロポン君」やらで、いっぱいいっぱいだった頭は、一気に芸術の世界へと飛んだ。

 

ASKAさんが、今、ダダイズムの思想を自身のレーベルにするということ。

その意味に想いを馳せていくと、とてつもなく壮大な目標に向かっているようで、こちらまでわくわくしてきた。

 

もう多くの人が夢物語と諦めてしまっているようなこと。

 

「芸術運動」のことです。社会における「通常の概念」や「つまらない常識」に身の丈を合わせることなく、全てを自由の基に、そして発想の基に生きてゆくという思想です。

去年、お話したこと。 - aska_burnishstone’s diary

 

もともとは、第一次世界大戦中の鬱屈としたヨーロッパの空気から生まれた芸術の動き。戦争による虚しさ馬鹿馬鹿しさを、既成概念を打ち壊すことによって、新しい世界を作ろうとした。

「ダダ」という言葉自体も辞書を適当に開いて、そこにたまたまあった言葉を選んだだけ、無意味だから面白いと。(ちなみに “dada”はフランス語の幼児言葉で馬。同時に一番気に入っている考え、または、それに対するこだわりも指す)

無意味さの中に芸術を見出し、全ての計算を取り除き、自由で、軽やかで、ユーモアのあるものを作品にしていくことで、既成概念のつまらなさを表現する。

 

ざっくりとそういう風にダダイズムという思想、芸術を理解していたから、もしかして、ASKAさんの歌は、さらに難解と言われるような言葉選びの歌詞や、複雑なメロディーに??と、一瞬戸惑うところもあった。

楽曲の幅広さはどんなミュージシャンにも負けることのない、その多面性に魅力を感じているけれど、才能も自由に突出しすぎると、理解されにくいのではないか、とちょっと案じたり。

 

あくまでも「DADAレーベル」からインスピレーションを受けた、私の考えの延長であって、ASKAさんの意図は全く別のところにあるのかもしれない。

 

 

世間は…、一般的には…、常識では…、なんてフレーズから始まる言葉が嫌いで、でも現実にはそこを気にする人々と付き合っていかなくてはならない。

偏見や先入観を持つことは、自分も他人も不幸にするということが分かっているのに、大手を振って歩いているのは、その塊であるという現実。

そのジレンマは心を苛立たせる。

 

そんな苛立ちは時にはストレスとなって、自分や人を傷つけることもある。

 

一人でも多くの人が、ASKAさんの音楽、生き方を通して、偏見や先入観を持つことの危険さに気付き、受け身ばかりではなくもっと自発的に考えよう、行動しようとなっていったとしたら…

 

少しずつでも、世の中が変わっていくかもしれない。

 

自主レーベルを立ち上げるという上で、かなり大切な「著作者の権利は著作者にある」ということを得る他にも、その内側には「世の中を変えていく」という大きな夢が詰まっているような気がする。

 

これからは全ての責任を一人で背負っていく、と覚悟しているのだとしたら「700番」の出版にこだわる理由も分かる。

 

かなりの大きさの石を投げようとしているようで、心配は尽きませんが…。

 

 

権利やら利益やらに縛られない、

自由なASKAさんの音楽が聴きたい。