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「CHAGE&ASKA VERY BEST ROLL OVER 20TH」から!!!

 

うわー、うわー、うわーーっ!!!!!

素晴らしいお知らせが舞い込んできた!

 

1999年にリリースされた、CHAGE and ASKA のベストアルバム

「CHAGE&ASKA VERY BEST ROLL OVER 20TH」が、

Chageさんのコンサート「Chage Hall Tour 2017 ~Have a Dream~」の5月18日福岡公演より販売されるそうです!

 

当面は、会場販売、ベスト盤のみの販売らしいですが、今後の販売」については、改めて案内があるということです!

 

詳しくは、CHAGE and ASKA オフィシャルサイトにて。

https://www.chage-aska.net/information/1612

 

Chageさんオフィシャルサイトでは。

多くのファンの皆様のご要望、Chageの想いを尊重し、

https://chage.jp/information/release/detail-204.php

 

  

ってさり気なく報告されているけど、これって、ものすごいビッグニュースなのでは!!

過去のチャゲアス作品、ひいてはASKA作品の販売再開の第一歩が踏み出された。

コンプライアンスの壁をひとつ乗り越えられたってことだよね!?

 

それと、それと…、

 

もう、心臓バクバクして、汗が吹き出してくるんだけど!!

 

 

 

 

 

 

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感謝。

ASKA「しゃぼん」に向き合う。

ASKAさんの New album『Too many people』

iTunes などでの配信も始まり、10日にはついに台湾でもリリースされた。

より多くの人にこのアルバムが届くようになった状況に先行して、ASKAさんはYouTubeで2曲のMVを発表。

 

そのうちMV「と、いう話さ」は、隅々までカッコ良く、もう一回、もう一回だけと繰り返し観たくなるのだけど、

MV「しゃぼん」とは、一回一回が真剣勝負といった覚悟で、心静かに向き合いたい。

 

そう何度か観るうちに、突然今まで感じたことのない、いや感じたとしても突き詰めては考えないようにしていた感覚が襲ってきた。

 

自分の奥深くにしまい込んでいた闇が、ASKAさんの闇と溶け合い、光に照らされているような、

恐怖と安堵。

それが交互に、時には入り混じって、歌、映像と一体化する。

 

暗闇の中で口元を覆う手のアップ。

心の内を見られたくない、といった躊躇いを象徴しているようにも感じる、印象深い始まり。


それでも、と意を決するかのように手は離れ、顔のパーツ、パーツだけが最初はぼんやりと薄暗く、そして少しずつ明るさを増し、ついにはASKAさんの表情すべてが、強い光の下に現れる。

正面を見つめる眼差しは、ただただ、真っ直ぐだ。


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その、フレームからもはみだす大胆で、気迫のこもった表現は、歌声、歌詞、メロディーと相まって、私の心の闇まで揺さぶってくる。

心の涙と重なって、ところどころぼやける映像。

苦しみ、悶えるASKAさんの心が、私の心の闇に触れる。

 

助けてくれ、許してくれ、と言いたくなるくらい苦しくなる。

 
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アルバムがリリースされてすぐから、「しゃぼん」は大きな反響のあった歌だった。

「名曲」「涙が溢れる」「アルバムの中で一番好き」「胸が締めつけられる」

などなど、様々な表現で絶賛する声が聞こえていた。

そんな声に大きくうなずきつつも、そういう言葉だけでは表しきれない「何か」を感じて落ち着かない。

同時に、どこかでそれ以上探さないよう、向き合わないようにしていたところもあった。

その微妙な感情をどう表現していいのか分からないまま、アルバムを聴き続けていた。

毎回ラストの曲「しゃぼん」では、泣くこともできないほど圧倒される。

息苦しさにいたたまれず、出口を探すように「FUKUOKA」をもう一度聴く。

そうしなければ飲み込まれてしまいそうな、大きな感情の波。

「FUKUOKA」で癒され、凪が訪れる。

その優しさにホッとし、やっと涙が流れる。

そんな繰り返しだったため、なかなか単体では聴こうとは思えずにいた。

 

ところが、突然とも思えるタイミングの5月2日。

ASKAさんのブログを読み、今回のMV発表が「しゃぼん」だと知った。

思ってもみなかった意外性から、そう構えることなく YouTube のリンクをクリックしていた。

 

その頃の私は、ASKAさんの前向きな一歩一歩が嬉しく、ブログにアップされたASKAバンドとの笑顔の写真、次いで公開された「と、いう話さ」のMVでテンションの上がる日々。

その上がりっぱなしのテンションで、CDで聴く時でも、かなりな心構えを必要とした大曲「しゃぼん」のMV公開。

正直なところ、向き合えるような心の状態ではなかったのだ。

 

ASKAさんが、思うところあって公開を早め、

5回、やり直しました。 - aska_burnishstone’s diary

という、

MVに込めた、その本当の意図は分からない。

 

ただ、突然襲ってきた感覚から、

自分なりにやっと正面から「しゃぼん」に向き合えるようになってきたのだ、と気付かされる。


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真っ暗闇の中でのASKAさんの心、そこで見つめた景色、手放さなかった希望、命への光。

 

ASKAさんの魂をそのままぶつけてくるかのような、歌声、その表現は、歌、MVという域を超え、こちらの魂に直接響いてくる。

 

寒くて寒くて震えながら、心が泣いている。力を振りしぼって、闇を振り払おうともがいている。臆病なばっかりのそんな自分の心までもが、容赦なく露わになっていく。

 

まるで、こんな寂しさの中にいるんだよ、とでも言うような表情で、曲の最後にはまた暗闇で立ち尽くすASKAさん。


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 「この寂しさはどこから来るんだろう」

 

底知れない寂しさ、儚さ、そして凄まじい生命への叫びが、ASKAさんのいっぱいの感性で、どこまでも美しく表現されている。

光の下、さらけ出された心の闇。

 

自分の中で、目を背けよう、蓋をしようとしていた闇すらも、「しゃぼん」と共に向き合える。

それは見たくないような自分も、ありのまま見つめて、受け入れるということ。

愛するということ。

 

それでも、

 

堂々と生きていこう。

 

 

まだまだ向き合い始めたばかりだけど、

そんな勇気が湧いてくる。

 

しゃぼん ASKA - YouTube

 

「DADAレーベル」を応援する!!

まったく、ASKAさんにはわくわくさせられっぱなしだ。 

 

5月6日

ここにきて、キャリア組、そして若いアーティストから、

「DADAレーベルで、リリースさせて欲しい。」

と、いうお話を、たくさんいただきます。

現在、纏まりかけているお話もあります。

「DADA」は、レコード会社ではありませんので、そのリリースしたアーティストから、利益を得るという会社ではありません。

アーティスト、ひとりひとりが「個人商店」です。

この意味に早く気がついて欲しいと思っています。

「DADA」は、共同体です。

 「DADAレーベル」 - aska_burnishstone’s diary

 

こういった「個人商店」が「DADAレーベル」に集まってきたら…、

商店主 (アーティスト) にとっても、客 (聴き手) にとっても、とっても幸せなことではないか!!

 

ASKAさんが「DADAレーベル」で、これまで以上に自由にその才能を発揮して「やりたいことをやる、やりたいように」を叶えていく。

それだけでも相当喜ばしいことだけど、志を同じくする真のアーティストたちで「共同体」を成す。

「個人商店」が一軒で孤軍奮闘するよりも、商店街のような「共同体」であることで、より強く魅力的な光を放つようになるだろう。

 

5月2日

音楽業界は「権利ビジネス」という名に侵され、本来、楽曲を製作したアーティストに還元されるべきものまで、他が侵食してます。今、本来の形に戻さねば、やがてアーティスト (ミュージシャン) は居なくなるでしょう。

 5回、やり直しました。 - aska_burnishstone’s diary

 

業界のことは詳しく分からなくても、「やがてアーティストは居なくなる」という一文は、そ、それは困る、という危機感を私たち聴き手側にも持たせた。

アーティストが居なくなるということは、心に響く素晴らしい音楽が生まれなくなるということ。

 

音楽のない人生なんて…。

 

かねてから、ASKAさんが危機感を抱いていたことが (少なくとも1991年には、ミュージシャンの著作権を守らなくてはいけない、とラジオで発言している)、去年「DADAレーベル」を立ち上げたことによって、具体的な対策を取れるようになったということだろうか。

言われているように、「著作者の権利は著作者にある」べきで、権利ビジネスに侵されることなく、できるだけ多く楽曲を制作したアーティストに還元されるべきだ。

 

もちろん聴き手にとっても、本来アーティストが表現したいものを追求して欲しいし、それを聴きたいんだ、という願いはある。

 

著作権の問題は著作隣接権も含めて、作品毎にケースも違い複雑なので、ASKAさんの事情もなんとなくしか私には分からない。

だけど、『Too many people』は、発売、配信されているにも関わらず、過去のASKAさんやCHAGE and ASKAの CDやDVDが今世の中に出回っていないことも、そういった権利をレコード会社、事務所が持っていることが原因だろう。

その会社のコンプライアンスに引っかかるということで、販売停止状態なのだから。

そのために、昔リリースされたCDは、買いたくても買えない、聴きたくても聴けない、という現状なのではないか。執行猶予期間明けになるのだろうか、とにかく各社の判断が、音楽を純粋に聴きたい人に沿ったものであることを願うばかりだ。

 

そもそも、ASKAさんが罪を犯したからといって、その作品が販売停止になるというのは意味が分からなかった。

作品を聴く自由すら奪われるのは、理不尽なことに思える。

聴き手は、メジャーレコード会社のレーベル所属のアーティストの中から選んで聴かなければならない、そんな窮屈ささえ覚える。

 

音楽業界だけに限らず、受け取り手の嗜好はプロモーションに操られている部分が大きい。

 

仕掛けられた流行にのり、アーティストもその仕掛けに選ばれた一部の人だけが日の目を見る。

そして、例え彼らの創った楽曲が広く知られたとしても、楽曲の権利は創った本人のものではない。

おかしくない?と思うけど、それが今までの常識で、アーティストはその分製造や流通、プロモーションなどは所属レコード会社、レーベル、事務所に任せていられたのだけど、引き換えに作品に関する自由は奪われる。

 

「DADAレーベル」はそういった、

社会における「通常の概念」や「つまらない常識」に身の丈を合わせることなく、全てを自由の基に、そして発想の基に生きてゆくという思想です。

 去年、お話したこと。 - aska_burnishstone’s diary

として、歩き始めたということなのではないだろうか。

 

新しいことをやる時は、必ず行く手を阻まれる。

『700番 第一巻』の「はじめに」にも詳しく書いてあるが、そこを勇気を持って踏み出して初めて、革新、創造が生まれる。

 

また、インターネットが普及した現代では、個人発信のハードルが、ぐっと下がっていることは大きな強みだ。

ASKAさんのブログでの情報、YouTubeでのMV、これらインターネット上の発表だけが、今回のアルバム『Too many people』のプロモーションと言えばプロモーションになる。

 

ASKAさんはファンも多く、知名度が高いことが手伝ったには違いないけど、新しいファンもどんどん増えているのは、インターネットという媒体を通して情報を得、音楽を聴けたことが大きいだろう。

 

 

ASKAさんがリリースにおいて全責任を負うといった「DADAレーベル」を立ち上げたと知った時、なるほどそういうことだったか、という思いと同時に、それって具体的には?という疑問も少なからずあった。

 

それがだんだん形として見えてきた今、ASKAさんの強い信念とその行動力にさらに期待が高まる。

 

YouTube の説明文にも明記してある、

この楽曲の、全ての権利は「burnish stone」「DADAレーベル」にあります。

 とは、ASKAさんにとって、アーティストにとって、とても重要な意味を持つ。

 

不可能と思われていたことを可能にしていく、アーティストにとっても、聴き手にとっても、希望いっぱいの「DADAレーベル」

 

『Too many people』のリリースで、品番表記「DDLB-0001」と記念すべき第一歩を踏み出した。

 

誇らしく、愛おしい、

その歩みを、全力で応援したい。


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ASKA MV「しゃぼん」を観たら。

顔を手で覆う、うつむく、正面を見据える、目を閉じる。

画面からはみ出すASKAさんの顔、手の表情、シンプルなライティング。

それだけで、こんなにも心に迫ってくるなんて。

 
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「いま幸せですか 苦しいですか

何度も自分に問いかけてみる 投げる」

ど直球の歌詞を前に、ただただ圧倒され、息を呑む。

切なさに胸が締めつけられる。

 

「しゃぼん」は、心に訴えかけてくるものが強すぎて、時をよく選んでではないと聴けない曲だ。

そのため、アルバムの中では一番聴く回数も少ない。

だけど一旦その世界に浸ると、一番深い音で精神の奥深くに響き、いつまでも残っている。


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 「僕の愛に嘘はあるかい 心を守る景色はあるかい

君の側に歌はあるかい きらきらとしてるかい」

 

自分を見つめて、目を逸らしたくなるところをまた向き合って。

本当の幸せに辿り着くためには、避けて通れない苦しみ。

その険しい道を通らずに選んだ居心地の良い場所は、実はもろい地盤の上にある。

そんなことを考えさせられる。

 

 5月2日

細かい注文に、面倒くさがることなく、愛情で付き合ってくれました。

ASKAバンド、メイク、スタイリストもそうでした。

「ギャラなんて、どうでもいいです。」

一生涯の仲間です。

5回、やり直しました。 - aska_burnishstone’s diary

 

今日のASKAさんのブログでの言葉に、大きくうなずいた。

愛情だけではなく、ASKAさんと深く関わる人たちは、魂のレベルで響き合って、その作品を創り上げているとしか思えない。

そこに損得勘定は働くはずもなく、尊い使命を果たすために夢中である、それだけなのではないか。

 

そう、そういうことなんだ。

レベルは随分違うけど、私もこういう精神で、生きていきたいのだ。

 

なぜ、ASKAさんの音楽に、ASKAさんにこうも惹きつけられるのか。

 

ブログを通して、喜び、悲しみ、思い出、日常、信念を伝えてもらえることで、少しずつはっきり見えてくる。

目を逸らしかけていた、大事な事に気付かされる。

 

YouTube での紹介文。

「人の世は我を何とも言わば言え 我成すことは我のみぞ知る」

 

今、僕に必要なのは、この信念です。

 

昨年、アルバム制作に精力を注ぐASKAさんから、幾度も思い浮かんだ言葉 (句) でもあった。

 

11月3日

言えることは、

石を投げれば、平たい水面は必ず変化する

それが、「吉」なのか「凶」なのか、

これもまたわかりません。

「吉」でも「凶」でも、

ひとつの景色が現れます。

何もしないと、何も生まれません。

僕の小石は歌です。

どんな水しぶきを上げるのか。

これまでは、投げ込んだ時の音で、歩く人を振り向かせていたように思います。

今は、投げ込む姿から見てくれている人たちがいる。

これが、僕のブログのあり方のように思えてきました。

福岡から、今戻りました。 - aska_burnishstone’s diary

 

この日のブログから更新がしばらく途絶えていたとき、強い向かい風にもめげず、石を投げ込もうとしているASKAさんを想って、コメントにもこう書いた。

 「【世の人は我を何とも言わば言え 我成すことは我のみぞ知る 坂本龍馬】

今のASKAさんの心境かもしれないなぁ。

信じる道を一歩ずつでも進んでいく、その姿が必ず人の心を動かすだろう。そう思う。

行き詰まった時には、【疲れちょると思案がどうしても滅入る よう寝足ると猛然と自信が湧く 坂本龍馬】

こんな言葉も思い出して欲しいな」(11月14日)

 

後で、ASKAさんが昔から好きな言葉だったということを知ったのだけど、きっと今でも変わっていないはず、と思える程、ASKAさんに重なって見えていた。

 

そしてやはり、時を経ても揺るがないASKAさんの信念が「しゃぼん」の MV 全体に表れていた。

 

周りの忠告や批判を気にしてばかりでは、本当に自分の表現したいことがぼやけ、達成することができない。

自分を真っ直ぐ見つめる苦しい作業をした上で言えることではあるけど、表現者だけではなく、人としても当てはまるところがあるように思う。

 

画面には到底収まりきらない、ASKAさんの世界。

 

枠からはみ出してもいいんだ、

むしろはみ出した部分を大切にしていこう。

 

「しゃぼん」のMVからは、そういうメッセージが伝わってくる。

 

しゃぼん ASKA - YouTube

ASKA MV「と、いう話さ」を観たら。

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                        YouTube「と、いう話さ」より



あと一回、あと一回だけ。

 

そう言い聞かせながら、ギリギリの時間まで観てしまい、挙句、にちじょーをフルスピードでこなす日々が始まった。

 

あ〜、もぅ一回観たい!

い、急げー!

うわっ、もうこんな時間!

 

とバタバタしつつも、心からのにやにやが止まらない。

 

あの夜から "YouTube” のアイコンの赤い色が、蛍光色にでも変わったのかと思うぐらいの眩しさで目に入ってくるようになった。

 

6分5秒の間、ぐいぐい 、ぐるぐる 惹き込まれる ASKA Rock の世界。

 

照明の薄暗さ、ASKAバンドの迫力は、どうしたってライブハウスを想い起こさせ、MVとしてこれ以上ない贅沢な映像に興奮を抑えられない。

 

スポットライトの中ではなく、暗闇の中に時折浮かび上がるASKAさん、ASKAバンドの姿が悶えるほどにカッコイイ。

 
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今のASKAさんがライブで歌う姿を、

 

どれだけ、どれだけ、

切望したか分からない。

 

そして、この時を待ち焦がれていたのは私だけではないことは、うなぎのぼりに増えていくYouTube の再生回数からも分かる。

 

みんな、待ってたんだな ...

 

時間の長さだけではない、暗く冷たい洞窟の中にいるような日々、止まずに聞こえていたのは彼らの声援。

 

そのみんなと、そしてこのMVをきっかけにASKAさんの音楽を聴き始める人たちと、この時を共有できている現実に目頭が熱くなる。

 

ASKAさんが確かにそこにいて、歌っている!

  
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「と、いう話さ」は、CDで聴いた時から繰り返し聴きたくなる衝動に駆られていたけど、このMVの映像ではその中毒性がさらに増す。

YouTube においてフルで公開、しかもASKAバンドと!

発売と同時にアルバムを聴き込んでいた層にとっては欲しくてたまらなかった画、まだアルバムを聴いていない層にとっては、まずは観てみようかと思えるチャンス。

好きな音楽があるだけで、心の向きは随分変わるのだ。

「と、いう話さ」というタイトルがまた秀逸。

まさかこんなRockだとは!という意外性にも驚いたけど、こんな気の利いたフレーズはないんじゃないかと思うほど使いやすい。

ここでは、深い闇の中で見つめた景色の重さをすっと軽くする効果があるように思う。

ラストでやや吐き捨てるように歌う (ように見える)「と、いう話さっ」が、たまらなく好きだ。

 

ただこれを観てしまうと、ついついライブバージョンを聴きたいという欲が出てしまう。

曲が進むにしたがって、ボルテージが上がっていくのが画面を通して伝わってきて、生の迫力を想像してしまうのだから仕方ない。

 

臨場感あふれるカメラワークも、ところどころ、もうちょっとはっきり観たいっと焦らされる感じが憎い。

だけどラストのこのカットやそれに続くASKAさんのシルエットもそうだけど、魅せられ所も細かく本当に細かくたくさんあって、


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そして、

もう一回観たくなる。

 


4月28日

 
PV「と、いう話さ」

みなさんに気に入ってもらってよかったです。

次のPVのことで、ちょっとバタバタしておりましたので、状況を把握しておりませんでした。

 (中略)

次のPV公開は、5月下旬を考えておりましたが、思うところがありまして、数日後、5月の頭にシフトチェンジしました。

今、本当に身軽です。

ありがとう。

 お⤴️っはよーございます。 - aska_burnishstone’s diary

 

発表後、反応を確かめる暇もなく、さっそく次の「作品」に取りかかっていたというASKAさん。

てっきり、みんなの反応ににんまりしているだろうと思っていたけど、キリリッとひたすら前進している様子に、さすが!それでこそ、勢いのあるASKAさんなのだと頼もしく感じる。

気に入ったどころではない、大大大絶賛、歓喜の声は、YouTube、ブログのコメント欄、Twitterなどに溢れている。

そういった声がさらにASKAさんのエネルギーになるのなら、供給庫はぎっしりだ。

 

決断、即実行できる環境が、ASKAさんにとっては必要だったんだろうな、と思う。

今の状況で身軽さを感じているということは、解放 = 幸せ に近づいているということなんじゃないだろうか。

そうであれば、こんなに喜ばしいことはない。

 

 

YouTube 再生回数はすでに30万回を超えた(301,475回 4月30日16時55分時点)。

今日のASKAさんのカバンには、新しいPVが入っているらしい。

9番搭乗口。 - aska_burnishstone’s diary

 

 

にちじょーが、どんどんASKAさんの今の音楽で占められていく幸せ。

 

 

こちらこそ、ありがとう

なのです。

 

 

と、いう話さ ASKA - YouTube

「と、いう話さ 」から始まった。

キ、キターーーーーーーーーーーーッ!!!

 

歌うASKA、Rock なASKA、

ミュージシャンASKA。

 

超絶にカッコイイASKAがそこにいる!!!!!

 

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                YouTube「と、いう話さ」ASKA より

 

3月27日

今の僕だから、できることです。

思う存分、やらせていただきたく思います。

やりたいことを、やりたいように。

こんばんは。 - aska_burnishstone’s diary

 

「作品」として、アルバム『Too many people』13曲のシングルを形にする。

昨日は、いよいよそれが発表されるかもしれないということで、1日中ソワソワ、ドキドキしながら過ごした。

 

期待どおり、日付けの変わる頃にブログが更新。

 

今、本来の形に戻さねば、やがてアーティスト (ミュージシャン) は居なくなるでしょう。

(中略)

アーティストが革新を抱くのは「今」しか、ありません。

と、いう話さ - aska_burnishstone’s diary

 

ASKAさんの言葉に続く、YouTube の MV は、私の心にズドンズドンと響き、

呼吸をすることすら忘れて見入ってしまうほど、衝撃的だった。

 

「もう凄いよ、この人たち... 」

 

言葉もなく、ただただ圧倒される。

間奏に入り、円になってギター、ベースをかき鳴らす画に、心は痙攣しそうなほど打ち震え、

続くASKAさんの「Ah~ Ah~ Ah~ Ah~」と歌う姿では、もう堪えきれず、涙が溢れ出てくる。

 

音楽に命をかける真のアーティストたち。

その覚悟の一歩に立ち会っていることに、心底感動し、感謝の想いで胸がいっぱいになる。

 

「やってくれるなぁ」

 

ASKAさんは、自身の過ちに伴ってできてしまった障壁、不自由さを逆手に取って、

本来アーティストとしてあるべき、自由な活動をしようとしている。

 

ASKAさんの熱く燃え続ける音楽への情熱が、一体どう表現されるのか。

一番の関心はやはりずっとそこにあったのだが、

まさに、理想としていた「ミュージシャンASKA」のあり方ではないか。

 

「DADAレーベル」で叶えていくであろう、その本気の歩みは、音楽のあり方を、ひいては世の中を変えていく勢いを感じるものだ。

 

心を、人生を、より豊かなものにしてくれる音楽に、ミュージシャンに、

最上級の敬意を払いつつ、彼らの奏でる音楽を共にずっと感じていきたい。

 

と、いう話さ ASKA - YouTube

ASKAさんが動くとき。

有言実行。

ASKAさんを見ていると、つくづくそう思う。

 

たくさんの人たちが、道具を使って、小石を動かすような振りをしてるけど、

水面からでは、決してできないこと。 

声を上げて、空の顔をして、

景色の主役のようになって、僕を庇ってくれなくてもいい。

 少し、気になってること。 - aska_burnishstone’s diary

 

12月27日にASKAさんのこのエントリーを読んだ時は、少なからずショックを受けた。

 

人間不信に陥ってもおかしくはない異常な報道。

それに憤りを感じた、多くの人たちの感情をも納得させる、到底真似のできない、優しさの滲み出る表現の一つ一つ。

 

本当にどこまでお人好しなんだろう、優しすぎるではないか、と。

 

同時に、ASKAさんに関する大部分の報道には、どうしても見過ごすことができない面があり、そうは言ってもこれはASKAさん1人の問題ではなく、社会全体の問題でもあるのだから、考えないわけにはいかないとも思った。

 

11月以降のマスメディアの報道については、このブログでも、ほぼリアルタイムで取り上げているので、興味のある方はエントリー名の下、カテゴリー「ASKA マスメディア報道」をクリックして読んでみてください。

 

 

ただ悲しい、しょうがないと嘆くのではなく、時には大きくはっきり声をあげることも大切だ。

現に今も、ASKAさんの言葉に真実味を持たせないように、との意図を感じる記事ばかりが書かれている。

大人しい人には、やりたい放題。

ASKAさんの件だけではなく、

世の中に対するメディアの役割とは一体何なんだろう、と考えさせられるような報道が最近多い。

一視聴者、読者としても、メディアへの不信感は増す一方だ。

 

だからこそ、なのか12月29日には、

 僕は、今、しっかりとした法的な手続きを取っていますので、

どうか見守っていてください。

身勝手なメディアの行動、興味をそそるだけの報道に目を瞑ることはいたしません。

責任は取っていただきます。

迷いはありません。 - aska_burnishstone’s diary

と、明確にASKAさんの姿勢を示してくれた。

 

声のあげ方が単なる「いじめ」にならないよう、どうしても譲れない、また確実に正せる件に冷静に対処する。

 

ASKAさんにかかる負担を考えると、無理強いはしたくないけど、当然必要なことであると思った。

 

4月23日には、

今日は、夕方から3人の弁護士と最終に近い打ち合わせをいたします。

(中略)

この四つの案件に関しては、僕個人だけの問題ではありません。

僕が黙っていると、また同じようなことが繰り返されるでしょう。

僕個人の問題ではないのです。

密談。 - aska_burnishstone’s diary

 

と、ついに、法的措置をとる最終段階にきていることを知らせてくれた。

 

この3つのエントリーを読んで、マスコミ関係者、特にASKAさんを積極的に取り上げてきた人たちは何も感じないのだろうか。

 

人間として、大切なものを思い出させてくれるようで、何度も読み返したくなる、

それこそ「優しさの宿っている」言葉たち。

 

『700番/第一巻』の「週刊文春」の章や『700番 /第二巻 第三巻』の「三巻」には、ASKAさんから見た当時の状況が綴られている。

 

テレビや雑誌での報道と比べてみると、信憑性が高いのはどちらだろうか。

妄想を並べているのは、どちらだろうか。

 

ASKAさんが例え本を出版していなかったとしても、

昨年の逮捕時の報道は、思わず「はぁ?」と声を出してしまうほど、目を耳を疑う信じがたいものだった。

起訴、不起訴以前の問題だが、不起訴になった後も、そう大きな改善は見られていない。

マスコミの体質を改善するためには、ショック療法が必要なのだろう。

 

 

ASKAさんの行動の底辺には、大きな優しさがある。その優しさは勇気となり、ASKAさんの歩みとなっているのだと思う。

 

そして、音楽に対する情熱を失うどころか、それが真っ直ぐ人々の心に届くため、純粋に精力的に音楽活動に取り込んでいることは、

 アルバム『Too many people』、5月にはその配信開始と台湾でのリリース、今日、明日にでも発表されるという「作品」などからも強く感じとれる。

 

例えギターが割れたって 鳴らしてみる空へ

                                           それでいいんだ今は

 

伸びやかに歌い続けながら、

大切なものを守ろうとするASKAさんの姿勢からは、

 

世の中を変える「力」と、大きな「愛」をいっぱいに感じる。

 


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